マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(TM運動創始者)によるヴェーディック・サイエンス入門編

                             明かされたヴェーダの神髄 1991年 月刊誌UTOPIAより

意識の中のヴェーダの構造

リグ・ヴェーダは、この自然法の価値を見事に描写しています。

リグ・ヴェーダの詩句に次のようなものがあります。

Richo akshare parame vyoman

Yasmin deva adhivishve nisheduh

Yastanna veda kimuricha karisyati

Ya ittadvidusta ime samasate

       (Rig Veda 1.164.39)

ヴェーダはどこに構築されるのでしょうか。

この詩句によれば、それは、破壊することのできない場、純粋知性の究極的な場、全体なる自然法の場に築かれます。

その中にヴェーダがあります。

ヴェーダとは純粋知識のことです。

創造界の根底にある自然の諸法則の家、純粋知性、純粋知識の場です。

 

これと同じことを、現代科学の原則にも見ることができます。

現代科学では、知識には組織力があると言われています。

純粋知識は、自然法が持っている完全な組織力です。

創造界の根底には無限の組織力があります。

それは純粋知識に他なりません。

純粋知識の状態においては、知る者(リシ)と知識の対象(チャンダス)と、知る過程(デーヴァター)のすべてが一つ(サンヒター)になっています。

もし、純粋意識が完全な組織力であるのならば、純粋知識の構造は自己充足的であり、それは純粋な知性、純粋な意識であるはずです。

そうであればこそ、純粋知識が膨らみ、さまざまな形態へと自らを表し、創造界全体を形成し、自然界のすべての現象を指揮することができるのです。

自然界全体は自動的に管理されています。

組織する能力が基盤になくては動くことができません。

自然界の秩序は、根底にある無限の秩序、大きな秩序によって形作られているのは明らかです。

 

このことから、すべての創造の根底にそれ自身の中から機能することができ、無限の組織力をもっている意識あるいは知性という要素があるのが分かります。

意識あるいは知性は、あらゆる可能性を持つ場であり、全体なる自然法であるに違いありません。

 

続く

 

次回は「純粋知識の破壊することのできない性質」です。